気がつけば春分を一か月ほど過ぎて、だいぶ日がながくなってきました。
昨日は夕方から緊急往診依頼がありました。
その帰り道、ダム湖のあたりで日が沈みかけました。
西の空にでていた月もきれいでした。
相谷のあたりでは、きれいな夕焼けを眺めることができました。
永源寺、いいところですね。
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2012年4月28日土曜日
2012年4月25日水曜日
2012年4月24日火曜日
山上小学校にて「命の授業」をおこないました。
東近江市立山上小学校では、毎年、各学年に学校医が「命の授業」をおこなっています。
これは学校医として子ども達に命の大切さを知っていただきたいと思い、毎年大切な授業時間をいただいて開催しております。
今回は、6年生を対象に「心肺蘇生法とAEDを知ろう」講習会を開きました。
BLSの細かいところを伝えるというよりも、「倒れている人、困っている人を見かけたら知らないふりをしないで、手を差し伸べましょう。」ということを伝えてきました。
短い時間でしたが、子ども達にはAEDという機械があるということだけでも知ってもらえたと思います。
他の学年には5月に順次開催する予定です。
これは学校医として子ども達に命の大切さを知っていただきたいと思い、毎年大切な授業時間をいただいて開催しております。
今回は、6年生を対象に「心肺蘇生法とAEDを知ろう」講習会を開きました。
BLSの細かいところを伝えるというよりも、「倒れている人、困っている人を見かけたら知らないふりをしないで、手を差し伸べましょう。」ということを伝えてきました。
短い時間でしたが、子ども達にはAEDという機械があるということだけでも知ってもらえたと思います。
他の学年には5月に順次開催する予定です。
2012年4月23日月曜日
2012年4月18日水曜日
4月16日産經新聞(夕刊)
4月16日の産經新聞夕刊に写真家の國森康弘さんが紹介されています。
君が畑地域で看取りを行ったときの様子を紹介した写真絵本第2巻です。
永源寺で行っていることが、日本の全ての地域で受け入れられることではないと思いますが、このようなところもあるんですよ、ということを紹介していただけました。
君が畑地域で看取りを行ったときの様子を紹介した写真絵本第2巻です。
永源寺で行っていることが、日本の全ての地域で受け入れられることではないと思いますが、このようなところもあるんですよ、ということを紹介していただけました。
2012年4月14日土曜日
2012年4月12日木曜日
滋賀で総合医を育てる
先日、県立成人病センターから笹田総長と山本副院長先生が当院へ視察と、今年度の事業計画の相談にお越しになりました。
今年度、滋賀県地域医療再生計画の一環として
「地域医療を守る人材育成、地域医療をチームで担う人材育成事業」
を行われます。
具体的には、「現場で活躍中の現役医療スタッフを、これまで別々に教育されてきた専門領域の壁を越えたトレーニングの場を提供することにより、相互の信頼と協働に基づくチーム医療に貢献する人材の育成を行う」ことだそうです。
今回は、当院にそれの協力依頼だそうです。
もちろん、滋賀県でGeneralに働ける人材を育てることは大変興味あることですので、お受けすることにしました。
病院ではできないことも、地域でならできることがあると信じています。
今年度、滋賀県地域医療再生計画の一環として
「地域医療を守る人材育成、地域医療をチームで担う人材育成事業」
を行われます。
具体的には、「現場で活躍中の現役医療スタッフを、これまで別々に教育されてきた専門領域の壁を越えたトレーニングの場を提供することにより、相互の信頼と協働に基づくチーム医療に貢献する人材の育成を行う」ことだそうです。
今回は、当院にそれの協力依頼だそうです。
もちろん、滋賀県でGeneralに働ける人材を育てることは大変興味あることですので、お受けすることにしました。
病院ではできないことも、地域でならできることがあると信じています。
2012年4月10日火曜日
梅の花
先日から往診に伺っていた方がお亡くなりになられました。
今まで肺や胃など大病をされましたが、病院での治療の後、奇跡的に回復され退院されてこられました。
しかし今回、年が明け正月過ぎより食べられない日が続きました。
家族の希望により一旦は病院に紹介し、検査をしましたが「原因ははっきりしない」とのこと(状態から言うと「老衰」に近い状態でした)。病院から帰ってこられた後、本人とお話ししましたが「もう病院には行きたくない。このまま家に居たい」とおっしゃっていました。
その後、本人は奥さんと家で自由に過ごしておられましたが、足の力が弱り徐々に歩けなくなってきました。
3月「診療所に通えなくなったので往診してほしい」と家族から連絡があり、往診を始めることになりました。この時点でも「わしは入院はせん(しない)」とはっきりとおっしゃっていました。
そして、いよいよ3月末より徐々に食欲が減ってきました。
とある早朝、ご家族から電話です「本人が先生を呼んでくれと言っています。」と
往診すると、やや朦朧とした状態でベッドで横になっておられました。
診察を終えた後、私が「病院に行きますか?」と尋ねると、首を横に振って私の手をぎゅっと握られました。奥さんと息子さんが「わかったわ」と返事されると、全てを悟ったかのように安心され目を閉じられました。
そしてその日の昼、家族に見守られながら息をひきとられました。
玄関にあった梅の盆栽が散り始めていました。
大往生という言葉がふさわしい最期でした。
今まで肺や胃など大病をされましたが、病院での治療の後、奇跡的に回復され退院されてこられました。
しかし今回、年が明け正月過ぎより食べられない日が続きました。
家族の希望により一旦は病院に紹介し、検査をしましたが「原因ははっきりしない」とのこと(状態から言うと「老衰」に近い状態でした)。病院から帰ってこられた後、本人とお話ししましたが「もう病院には行きたくない。このまま家に居たい」とおっしゃっていました。
その後、本人は奥さんと家で自由に過ごしておられましたが、足の力が弱り徐々に歩けなくなってきました。
3月「診療所に通えなくなったので往診してほしい」と家族から連絡があり、往診を始めることになりました。この時点でも「わしは入院はせん(しない)」とはっきりとおっしゃっていました。
そして、いよいよ3月末より徐々に食欲が減ってきました。
とある早朝、ご家族から電話です「本人が先生を呼んでくれと言っています。」と
往診すると、やや朦朧とした状態でベッドで横になっておられました。
診察を終えた後、私が「病院に行きますか?」と尋ねると、首を横に振って私の手をぎゅっと握られました。奥さんと息子さんが「わかったわ」と返事されると、全てを悟ったかのように安心され目を閉じられました。
そしてその日の昼、家族に見守られながら息をひきとられました。
玄関にあった梅の盆栽が散り始めていました。
大往生という言葉がふさわしい最期でした。
2012年4月9日月曜日
モクレン
今日は、午前中とてもいい天気で、絶好の往診日和でした。
しかしまだまだ肌寒く、桜はまだ咲いていません。
とあるお宅にお邪魔し、車を降りるといい香りがします。
ふと見上げると、梅とモクレンが咲いていました。
桜は咲かなくても、春を感じる季節になってきました。
田畑では農作業をされる方を目にすることが多くなってきました。
とてもいい季節です。
しかしまだまだ肌寒く、桜はまだ咲いていません。
とあるお宅にお邪魔し、車を降りるといい香りがします。
ふと見上げると、梅とモクレンが咲いていました。
桜は咲かなくても、春を感じる季節になってきました。
田畑では農作業をされる方を目にすることが多くなってきました。
とてもいい季節です。