2014年1月17日金曜日

幻の名医よりも、近くのかかりつけ医



 診療所に赴任した頃、自分はこんな医師になれればいいな、とおぼろげに思っていた。
診療所には医師は一人しかおらず、責任は重い。医師に課せられる技術はもとより、知識、そして知恵も大切。どんな病気であっても患者さんを断らず、なんでも診る。患者さんの話を丁寧に聴き、あらゆる検査を駆使し診断を下す。診療の最後には、病気や治療のことをわかりやすく説明する。自分では手におえない病気であれば、専門の病院に紹介し、病院の先生から「診療所○○先生からの紹介ですか、○○先生、とてもいい先生ですね。」と信頼も厚い・・・そんな「地域医療」への夢をもちながら診療所で仕事をしはじめた。
病院にいるときは「いかに難しい病気を診断し、治療するか」それが第一と考えていた。もちろん、それも大切なことなのだが、診療所に赴任してからは医療だけでは解決できないことがたくさんあることを知った。

外来での診療で最も大切なことは「問診」である。自分は、外来で患者さんから一生懸命に話を聴こうとしていたのだが、患者さん達は看護師さんや受付の事務職員さん、薬局さんに、私に言わないようなことを話していることに気づいた。もちろん世間話や姑さんの愚痴をこぼすこともあったが、なかには、「先生には内緒にしといて」と看護師さんに本音を吐露されることも。自分は聴く耳を持っているつもりなのだが、話してもらえない、なぜこっちを向いてくれないのか、悩んだ。そんなあるとき、一人の看護師さんから言われた。
「先生、誰にでも先生に言いにくいことはありますよ、私達がかわりに聴いておきますから」
全てのことを医師が解決しようとしなくてもいいんだ、自分の目や耳のかわり、そして手足になって動いてくれるスタッフがいる。そんなふうに考えられるようになったとたんに楽になった。医師だけが病気を治しているのではないことにようやく気付きはじめた時でもあった。

そして今、私が外来で患者さんと話をするときは、病気の問診というよりも普段のおしゃべりに近い。
「今の季節、畑でなにを作ってるんですか? 重いものを持って腰や膝は痛くないですか?」
「聞きましたよ!グランドゴルフ大会で優勝したんですって、すごいですね!」
「お孫さん、今度は小学生ですよね、大きくなりましたね。」
そんな具合に自分の患者さんのことだったら、病気のことはもちろん、どこに住んでいて、誰と一緒に暮らしているか、そして息子さんご夫婦、孫さんの顔や名前まで思い浮かべることができる。人によっては、家と離れたところであっても、どこに畑があるのかも知っている。言い換えると、病気のこと以外に、患者さんの生活や地域のことに関心を持てるようになった。それが病気を治療することはできないかもしれないが、患者さんの心を癒し元気を増やすことができることに気づいた。やはり、病院に勤務しているときは病気しか診ていなかったのだとつくづく感じる。

そして午後は往診、診療所に来ることができない患者さんたちのところへ赴く。地域の人達も診療所の往診車を知っていて、私が車を運転していると手を振ってくれたり、声をかけていただく。
今日は天気もいいせいか、途中の道路でおしゃべり中のおばさま達と遭遇した。



「先生、往診か?」
「ご苦労さんやな。私の家はそこやから、なんかあったら往診頼むわ」
「私は、そっち」
「ワシの家はここや」
「あはははは・・・」

いやいや、心配しなくても皆さんの家はちゃんと知ってますよ。

地域の人達は、高齢になって診療所に通えなくなっても施設に入るのではなく、家で過ごすことを当然のことと考えておられる方がほとんどである。私は外来で患者さんと話したことをカルテに書き留めているが、病気以外のこと、とくに自分の生きがいや大切にしていること、そして年をとってご飯が食べられなくなったときに病院に入院したいのか、それとも最期まで家に居たいと思っておられるのか、診察室でお話をした内容をちゃんと一人一人のカルテに書き留めている。たとえ、その時にしゃべれなくなっても私から家族に本人の思いを伝えるためだ。

私は難しい病気を治療したり、神の手と言われるような手術をしたりすることはできない。しかし、今の医療では治らない病気であっても、皆さんが家で生活したいと希望されれば寄り添うことはできる。奥さんや家族が介護に困っていたら、相談にのり一緒に考えることができる。老衰でご飯を食べられなくなっても、往診して傍につくことぐらいはできる。
私がこの地域で仕事をするうちに、地域の人達が望んでいるのは、難しい病気を治療する名医よりも、最期まで寄り添ってくれる医師ではないか、そう思えるようになった。たとえ病気が治らなくても、最期まで自分らしく、そして住み慣れた地域で過ごしたい、そう求められているようだ。
だから、私は一人一人の患者さんだけでなく、永源寺という地域全体を診たい。たとえ大きな病院がなくても、皆さんの一軒一軒のお宅が病室であり、道路が廊下、携帯電話がナースコールであればいい。そして、それを支えるのは、たった一人の医師ではなく、看護師さん、薬剤師さん、介護のヘルパーさんやケアマネージャーさん、市役所の方やその他たくさんのスタッフと、永源寺に住む地域の人々。私に求められているのは、神の手ではなく、地域の皆さんと一緒に考え、共に汗を流し、同じ方向を向いていること。そのような地域の皆でお互いを支えあう「地域包括ケア」というものができれば、年老いても安心して生活できる地域ができる、そのように信じている。

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当地域の活動が南日本新聞に掲載されました

6月8日、鹿児島県の地方紙 南日本新聞さんに当地域の活動を紹介していただきました。 田舎の地域での細々とした活動ですが、地域だからできることを発信していければと思います。