2014年5月3日土曜日

病院と診療所をつなぐ架け橋


「先生、ちょっと往診を頼みたい人がいるのですが、お願いできますか?」

電話をかけてきたのは、近くの病院のメディカル・ソーシャルワーカー(MSW:えむ・えす・だぶりゅ)のYさん。「今、入院中の方なんですが、退院したら先生に往診してもらいたいって、ご家族からのお願いなんです」と話は続く。往診の依頼をしてきたSさんは3年前に肺がんと診断され、手術の後入退院を繰り返し抗がん剤治療をうけてきた。しかし、再発を繰り返し、なかなかよくならない。そして今回はがんも大きくなり、息苦しさもひどくなってきた。もうそろそろ抗がん剤の治療をやめて家に帰りたいとのこと。治療をやめるということは、命を断ち切るようで患者さんや家族からなかなか言い出せることではないのだが、MSWのYさんが相談をうけるうちにSさん本人が「残された時間を家で過ごしたい」と気持ちを吐露されたようだ。

MSWという仕事、皆さんはご存じだろうか? 

たとえば手術の前にうける説明のとき、本人も家族も、たいていは緊張するものだ。そのため、主治医の先生が丁寧に、そして図を描いて説明をしてくれても、なかなか理解できないことがある。説明を聞きながらウンウンとうなづいていても、じつは頭の中ではよくわからなかった、なんてことはないだろうか? そんなとき、必要とあらばMSWさんは手術の説明に同席してくれ、主治医の先生に直接聞きにくいことや難しい医学用語なども、かみくだいて説明してくれる。
そして、手術が無事に終わっても治療はまだ続く。抗がん剤治療やリハビリ、何気なく過ごしている普段の生活にいち早く戻れるようにいろんな手だてを講じなければならい。しかし、病気によっては治らない病気や後遺症の残る病気もある。そのようなとき、とことんまで病院にいるよりも、自分にあった場所を探して退院した方がいい時もあるだろう。しかし、病院から退院するとき、介護が必要となったとき、誰に相談していいのかわからない。そんなときも相談にのってくれるのがMSWさんだ。退院して家に帰った時に必要とあらば、介護のサービスを手配してくれたり、往診してくれる診療所の医師を紹介してくれたり、役場の手続きが必要であれば、説明もしてくれる。
そう、MSWさんの仕事は、「病院のなかでも、痒いところに手が届く」そんな存在だ。


Yさんから電話で紹介してもらったSさんは、50歳で脱サラし独学で洋蘭の栽培を始められ、20年以上にわたり今の仕事を続けられてきた。しかし、病気になってからは、息子さんに仕事をすべて任せ、自分は治療に専念してきた。その間、奥さんや息子さんから、蘭の様子を聴いてはいたが、いつかは帰って、また仕事をしたいと思っていた。
しかし、治療を続けているうちに抗がん剤が効かなくなり、副作用だけが強くなってきた。家族はなんとか良くなってほしいと願う反面、入院している姿を見つづけているのも辛かったそうだ。でも、そのようなことは本人の前ではなかなか言い出せない。そんなとき、Sさんの話を聴いてくれたのが、MSWのYさんだった。
Sさんは「本当は家族のためにも病気を治したいと思っているが、治療がだめなら最後に今まで作ってきた蘭の花たちを見たい。」とYさんにこぼされた。
どのような場所であっても、入り口があれば、必ず出口がある。とくに病院は、病気の診断と治療を行う場であるが、病気がすっかりよくなって出ることができるばかりでもない。場合によっては病気を抱えたまま出口に向かわなければならないこともある。そんな場合であっても見放すことなく出口まで寄り添ってくれる人、それがMSWさんだ。

Yさんから電話があった数日後、病院で会議を開いた。集まったのはSさんご夫婦、病院の主治医の先生、病院の看護師さん、退院後に訪問してくれる訪問看護師さん、私と診療所スタッフ、そしてMSWのYさん。会議では病院の先生から今の病気のことを伺った。抗がん剤がだんだんと効きにくくなり、肺がんが進行していること、肺に水が貯まって呼吸が苦しくなっていること、そして今後がんが進行し痛みや息苦しさがひどくなる可能性があることを説明された。訪問看護師さんからは奥さんだけでは心配な介護のお手伝いをすることができること、そして私からは、往診して痛みや苦しみがあっても、家でも使える在宅酸素やそれを取り除く薬が処方できることなどを説明した。そのような話をSさんと奥さんはMSWさんの隣でうんうんと頷きながら聴いていた。
そして、ひととおりの説明が終わった時、私からSさんに質問した。「Sさん、病気が進行してご飯が食べられなくなったらどうしますか?」・・・・するとSさんは、よくぞ尋ねてくれたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべながら、「家で、花と一緒に最期を迎えます」と、はっきりと答えられた。
皆が納得した瞬間だった。

医学は進歩し多くの「病」を治せる時代になった。患者さんの中には不老長寿も夢でない時代がくるのではないかと思っている人もいるかもしれないが、「老い」を治す方法すら見つかっていないのも事実である。人の一生を考えてみると、ほとんどの人生には「生・老・病・死」がある。言い換えると、「病」だけではなく、「老」や「死」も含めて人生のはずなのだが、皆さんは生活の場面から「老」や「死」を遠ざけすぎてはいないだろうか。人生には、「老」や「死」に対して目を背けることができない場面が多々あるが、決してこれらは辛いこと、悲しいことばかりではないと思う。これらは裏を返せば、老いや病を抱えた人々が一生懸命に「生きている」という場面でもある。
「がんが治らなくても、死ぬために家に帰るんじゃない、生きるために家に帰ってくるんだ」Yさんにそう話しながら、Sさんは退院した。

この原稿を書いている今日、Sさんは息子さんがつくった蘭を眺めながら、元気に家で暮らしている。


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当地域の活動が南日本新聞に掲載されました

6月8日、鹿児島県の地方紙 南日本新聞さんに当地域の活動を紹介していただきました。 田舎の地域での細々とした活動ですが、地域だからできることを発信していければと思います。