2014年5月13日火曜日

大津市医師会雑誌4月号

今年2月、大津市医師会さんの主催で國森さんと一緒「市民のための”終活”講座」という講演をさせていただきました。
そのときの要旨を大津市医師会雑誌4月号に掲載していただいております。

著作権の関係上、中身をここで披露することはできませんが、機会をいただきました大津市医師会様には、感謝申し上げます。



國森さんをはじめ、メディアの方々にとりあげていただく機会が増え、花戸のところにもいろいろな方々から講演依頼をいただくことが増えております。
しかしながら花戸の医師としての仕事は、永源寺地域での地域医療を行うことと考えておりますので、講演活動などはできるだけお断りするようにしております。
せっかくお声掛けをいただいた皆様には、ご期待に添えない返事ばかりをしておりますが、ご理解いただきますようよろしくお願いします。

2014年5月12日月曜日

ラジオ深夜便

5月10日のNHKラジオ「ラジオ深夜便」にて話をさせていただきました。

ラジオを聴いていただいた方が、ブログにまとめていただきました。

ありがとうございます。

2014年5月6日火曜日

往診に行ってきました。

今日は永源寺の一番奥の集落、君が畑まで往診に行ってきました。
あまりにも天気がよかったので、自転車で往診です。


ダムを越えて


 ひたすらに山を登ります


落石にも注意しながら・・・


君が畑にたどり着きました


途中の川の流れのきれいなこと


ダム湖も美しい


往診の帰り道では、林業を営むTさん、木地師のKさん、グランドゴルフをやっていた政所の皆さん、観光ボランティアガイドをしていたOさんとKさん、そしてたまたま通りかかった市役所のKさんとお話をしました。
診療所から外に出ると、景色ばかりでなく、地域の人、そしてその活動を目の当たりにしお話を伺うことができます。

やっぱり往診は楽しいですね。

2014年5月3日土曜日

病院と診療所をつなぐ架け橋


「先生、ちょっと往診を頼みたい人がいるのですが、お願いできますか?」

電話をかけてきたのは、近くの病院のメディカル・ソーシャルワーカー(MSW:えむ・えす・だぶりゅ)のYさん。「今、入院中の方なんですが、退院したら先生に往診してもらいたいって、ご家族からのお願いなんです」と話は続く。往診の依頼をしてきたSさんは3年前に肺がんと診断され、手術の後入退院を繰り返し抗がん剤治療をうけてきた。しかし、再発を繰り返し、なかなかよくならない。そして今回はがんも大きくなり、息苦しさもひどくなってきた。もうそろそろ抗がん剤の治療をやめて家に帰りたいとのこと。治療をやめるということは、命を断ち切るようで患者さんや家族からなかなか言い出せることではないのだが、MSWのYさんが相談をうけるうちにSさん本人が「残された時間を家で過ごしたい」と気持ちを吐露されたようだ。

MSWという仕事、皆さんはご存じだろうか? 

たとえば手術の前にうける説明のとき、本人も家族も、たいていは緊張するものだ。そのため、主治医の先生が丁寧に、そして図を描いて説明をしてくれても、なかなか理解できないことがある。説明を聞きながらウンウンとうなづいていても、じつは頭の中ではよくわからなかった、なんてことはないだろうか? そんなとき、必要とあらばMSWさんは手術の説明に同席してくれ、主治医の先生に直接聞きにくいことや難しい医学用語なども、かみくだいて説明してくれる。
そして、手術が無事に終わっても治療はまだ続く。抗がん剤治療やリハビリ、何気なく過ごしている普段の生活にいち早く戻れるようにいろんな手だてを講じなければならい。しかし、病気によっては治らない病気や後遺症の残る病気もある。そのようなとき、とことんまで病院にいるよりも、自分にあった場所を探して退院した方がいい時もあるだろう。しかし、病院から退院するとき、介護が必要となったとき、誰に相談していいのかわからない。そんなときも相談にのってくれるのがMSWさんだ。退院して家に帰った時に必要とあらば、介護のサービスを手配してくれたり、往診してくれる診療所の医師を紹介してくれたり、役場の手続きが必要であれば、説明もしてくれる。
そう、MSWさんの仕事は、「病院のなかでも、痒いところに手が届く」そんな存在だ。


Yさんから電話で紹介してもらったSさんは、50歳で脱サラし独学で洋蘭の栽培を始められ、20年以上にわたり今の仕事を続けられてきた。しかし、病気になってからは、息子さんに仕事をすべて任せ、自分は治療に専念してきた。その間、奥さんや息子さんから、蘭の様子を聴いてはいたが、いつかは帰って、また仕事をしたいと思っていた。
しかし、治療を続けているうちに抗がん剤が効かなくなり、副作用だけが強くなってきた。家族はなんとか良くなってほしいと願う反面、入院している姿を見つづけているのも辛かったそうだ。でも、そのようなことは本人の前ではなかなか言い出せない。そんなとき、Sさんの話を聴いてくれたのが、MSWのYさんだった。
Sさんは「本当は家族のためにも病気を治したいと思っているが、治療がだめなら最後に今まで作ってきた蘭の花たちを見たい。」とYさんにこぼされた。
どのような場所であっても、入り口があれば、必ず出口がある。とくに病院は、病気の診断と治療を行う場であるが、病気がすっかりよくなって出ることができるばかりでもない。場合によっては病気を抱えたまま出口に向かわなければならないこともある。そんな場合であっても見放すことなく出口まで寄り添ってくれる人、それがMSWさんだ。

Yさんから電話があった数日後、病院で会議を開いた。集まったのはSさんご夫婦、病院の主治医の先生、病院の看護師さん、退院後に訪問してくれる訪問看護師さん、私と診療所スタッフ、そしてMSWのYさん。会議では病院の先生から今の病気のことを伺った。抗がん剤がだんだんと効きにくくなり、肺がんが進行していること、肺に水が貯まって呼吸が苦しくなっていること、そして今後がんが進行し痛みや息苦しさがひどくなる可能性があることを説明された。訪問看護師さんからは奥さんだけでは心配な介護のお手伝いをすることができること、そして私からは、往診して痛みや苦しみがあっても、家でも使える在宅酸素やそれを取り除く薬が処方できることなどを説明した。そのような話をSさんと奥さんはMSWさんの隣でうんうんと頷きながら聴いていた。
そして、ひととおりの説明が終わった時、私からSさんに質問した。「Sさん、病気が進行してご飯が食べられなくなったらどうしますか?」・・・・するとSさんは、よくぞ尋ねてくれたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべながら、「家で、花と一緒に最期を迎えます」と、はっきりと答えられた。
皆が納得した瞬間だった。

医学は進歩し多くの「病」を治せる時代になった。患者さんの中には不老長寿も夢でない時代がくるのではないかと思っている人もいるかもしれないが、「老い」を治す方法すら見つかっていないのも事実である。人の一生を考えてみると、ほとんどの人生には「生・老・病・死」がある。言い換えると、「病」だけではなく、「老」や「死」も含めて人生のはずなのだが、皆さんは生活の場面から「老」や「死」を遠ざけすぎてはいないだろうか。人生には、「老」や「死」に対して目を背けることができない場面が多々あるが、決してこれらは辛いこと、悲しいことばかりではないと思う。これらは裏を返せば、老いや病を抱えた人々が一生懸命に「生きている」という場面でもある。
「がんが治らなくても、死ぬために家に帰るんじゃない、生きるために家に帰ってくるんだ」Yさんにそう話しながら、Sさんは退院した。

この原稿を書いている今日、Sさんは息子さんがつくった蘭を眺めながら、元気に家で暮らしている。


2014年4月29日火曜日

ラジオ深夜便

5月10日(土)NHKラジオ深夜便という番組に出演させていただくことになりました。

http://www.nhk.or.jp/shinyabin/pro/b6.html

5月10日(土)の番組ですが、日付は11日(日)午前4時頃のようです。


2014年4月15日火曜日

昨日の読売新聞

昨日の読売新聞にて社会保障の記事が掲載されております。
当地域での活動や三方よし研究会のみなさんのコメントも紹介していただいております。



2014年4月10日木曜日

今朝の産経新聞

先日、取材していただいたことを今朝の生活面に掲載していただきました。
「人生の最終段階における医療に関する意識調査」をふまえての記事です。

「リビングウィル」など自分の希望をきちんと書面で残しておくことは大切なことですが、当事者の皆さんにとってもハードルが高いことも事実です。
あくまで、書面で残すことは手段の一つでしかありません。
本来の目的は、死をタブーとせず本人を交えてきちんと話をすること、本人の希望を聴くことだと思っています。



当院の在宅医療について

   ここ19年間の実績をまとめました。      死亡診断書枚数   在宅患者さん人数   訪問診療・往診のべ回数 2005年    12           66          492 2006年    17           70          553 2007年...