Tさんが、血液の病気とわかったのは3年前。今まで病気一つしたことがなかった健康な身体でしたが、「急に弱ってきた」と奥さんに連れられて外来に来られました。外来では徐々に貧血がすすみ、病院での検査では「再生不良性性貧血」と診断されました。
高齢のTさんは、入院ではなく当院の外来に通院されることを希望されました。当初は貧血がひどくなれば輸血をしましょうと、お話をしていましたが本人は「どうもない」と繰り返されるだけでした。実際、貧血の値が正常値の半分ぐらいになっても外来に通われ「元気ですわ、酒を飲んでもどうもないかな」と尋ねられるほどでした。
そんなTさんでもやはり病気はすすんでいきました。
今年の夏頃に一緒に外来に来られていた奥さんが「外来に通うのがしんどいそう」と不安そうにこぼされるようになりましたが、それでもTさんは「どうもない」と言っておられます。たしかに家では居間で座って過ごされていることが多いようですが、トイレもなんとか行けています。毎日はしんどいので、風呂は2〜3日に一回で済ませ、奥さんに身体を洗ってもらっているようです。
当然のことながら、今までのように外に出られることもほとんどなく、このままでは足の力が弱って、寝たきりになってしまうのも近いと思われました。
診察が終わった後、奥さんの前で私がTさんに尋ねました。
「ご飯が食べられなくなったらどうしますか?」
「それは困ったな・・」とTさん
「病院に行きますか?」
「あんまり行きたくないなぁ。家に居たいわ。」
「ご飯が食べられなくなっても、家にいたいんだったら往診しますよ」
「じゃあ、先生お願いしますわ」
Tさんの顔がぱっと明るくなって、後ろについておられた奥さんもニコニコされています。皆がわかっていたことですが、自分の終末期を過ごす場所についてTさんがきちんと意思表示をしてくれ、奥さんも我々スタッフも納得した瞬間でした。
そして、その2週間後にご自宅に伺いました。
戦後、満州から帰られて自分で建てられた思い出深い自宅だそうです。こたつに入りながら「60年以上ここで暮らしてきたんで、もうじたばたせず最期までここで暮らしたいなぁ」と、にこやかに話していただきました。
一緒に暮らす奥さんも高齢ですが、お家での様子をみていると二人ともとても幸せそうな様子です。
私は、患者さんと病気や人生について語るとき「生」や「病」だけでなく、「老」や「死」までも尋ねるようにしています。それらは決して伏せておくものではなく、最期まで自分らしく生活するためには必要不可欠なものであると考えているからです。
それらについてあらかじめ話し合っておくことで、その人の人生観(死生観)を理解することができる。そして、その人らしく生活するために、我々がやるべきことの準備が整えられると感じています。
ふと見上げるとねじ式の柱時計が今も現役で動いていました。
この家庭で時を刻み続けてきた時計が、ここの家族の「生・老・病・死」について一番よく理解しているようでした。
きっと、Tさんが最期を迎えるまで、高いところから見届けてくれることと思います。
2012年12月29日土曜日
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