医師からの質問に初めての方はびっくりされるかもしれませんが、当院に通院されている患者さんにとっては、当たり前のことのようです。
花戸は、往診している患者さんはもちろんですが、外来に通われているほとんどの患者さんに、こんな質問をしています。
医療機関でこのような質問をするのは患者さんに失礼だ、という意見もあるかもしれません。しかし、我々が責任をもって、その人の最期まで生活を支えようと思うと、自分自身の終末期の希望について自分の口からはっきりと思いを伝えておいてほしいのです。
永源寺診療所では、今月も研修医の先生が一ヶ月間の研修を行っております。
午前中は外来診療、午後は訪問診療、また診療所以外でもいろんなところで「永源寺」という地域を研修してもらっています。
研修も半ばにさしかかりましたが、彼女達に聞くと「病院での勤務している時は、
そして、私が外来や在宅の患者さんに対して「
先日、在宅の患者さんに彼女達の口から尋ねてもらいました。
87歳になるIさんは、糖尿病を患う奥さんと二人暮らしです。肺の病気である肺気腫のため、3年ほど前から、月に一度、訪問診療させてもらっています。
昨年は入院こそしませんでしたが、ものわすれも多くなり
私が、Iさん宅に往診に伺うたびにいつも「
そして、先日、一緒に往診に伺ったときに研修医がIさんに尋ねました。
研修医:「具合の悪いところはないですか?」
Iさん:「はい、大丈夫です」
研修医:「もし、もしですよ、具合が悪くなったらどうしますか?
Iさん:「ほら、治してほしいわ」
研修医:「治らない病気だったらどうします?」
Iさん:「わし、そんなに悪いんかいな?」
研修医:「いや、では、
Iさん:「病院に行かんとあかんのかいな?」
研修医:「それを決めてほしいのです・・・・・(沈黙)」
Iさん、いつも私に聴かれているので、
私 :「なんかあったら、いつでも来ますから、呼んでくださいね」
Iさん:「先生だけが頼りやから、ワシはどこへも行かんわ。
Iさんが終末期を迎えても入院をしないという意思表示は、 奥さんの前で自分の口からちゃんと述べられています。後ろでは奥さんがいつもニコニコしながら聴いておられます。
このような信頼関係は一朝一夕ですぐに出来上がるものではありま せんが、研修医にとっては貴重な体験だったようです。
帰りの往診車の中で、「病院の救急外来で家族が決めるんじゃなくて、 普段から終末期のことを自分で考えておくって大切ですね」 と感想を述べてくれました。
自分の望まない医療をうけないというのは個人に与えられた権利です。
そして我々医療者は、患者さんの意思を尊重して、どのような医療をうけるべきかアドバイスをすることはできます。
しかし、急に具合が悪くなって意思表示ができなかったり、認知症などでうまく言葉を選べないことだってあります。
だから、いつそのような時が訪れてもいいように私の患者さんには皆さんに尋ねています。
「ご飯が食べられなくなったらどうしますか?」
気持ちが変わることもあるので、何度も何度も聴きます。
在宅の患者さんだけでなく、外来に来ている患者さんにも聴いています。
患者さんが自分の気持ちを素直に口にだしてくれて、医師も責任を持って応えること。
それこそが
「その人の最期まで生活を支えること」
その結果として
「安心して生活できること」
に他ならないと思っています。
このような信頼関係は一朝一夕ですぐに出来上がるものではありま
帰りの往診車の中で、「病院の救急外来で家族が決めるんじゃなくて、
自分の望まない医療をうけないというのは個人に与えられた権利です。
そして我々医療者は、患者さんの意思を尊重して、どのような医療をうけるべきかアドバイスをすることはできます。
しかし、急に具合が悪くなって意思表示ができなかったり、認知症などでうまく言葉を選べないことだってあります。
だから、いつそのような時が訪れてもいいように私の患者さんには皆さんに尋ねています。
「ご飯が食べられなくなったらどうしますか?」
気持ちが変わることもあるので、何度も何度も聴きます。
在宅の患者さんだけでなく、外来に来ている患者さんにも聴いています。
患者さんが自分の気持ちを素直に口にだしてくれて、医師も責任を持って応えること。
それこそが
「その人の最期まで生活を支えること」
その結果として
「安心して生活できること」
に他ならないと思っています。
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