2013年6月2日日曜日

「老いる」ということ


「この頃、弱ってきたわ」
今年で80歳になるYさんが、診察室でこぼされた。私からみても年齢の割には元気なおばあちゃんだが、畑に行っても今までできていた鍬づかいができなくなったことや、農作業をする時間が減り休む時間が増えてきたことなど、自分なりに身体が弱ってきたことを気にかけておられる様子だ。しかし、そんなYさんともいろいろと話をし、診察を終える頃には「何もできなくなったわけではないし、自分なりにできることを頑張るわ」と、明るい声で挨拶をされ診察室を後にされた。すっかり元気になられたようだ。次に入ってこられた70歳代のKさんは、暗い表情で「ここが痛い」「どこもかしこも具合が悪い」「こんなに具合が悪いのに誰も家族が心配してくれない」と、繰り返されるばかり。Yさんと比べても若く病気も少ないのだが、身体の具合の悪さや自分自身のおかれた状況に対してどうも納得いかない様子だ。私が、痛み止めの注射や薬を処方しようとしても、やはり前向きな言葉はでてこない。私からかける言葉も耳には届かないようだ。
毎年、農作業が忙しくなる季節には、膝や腰の痛みなどの症状を訴えられる方が外来にたくさん来られる。しかし、同じ病気であっても先ほどの二人を比べれば、どちらが早く元気になられるのか、薬を処方する前から自ずと分かってしまう。
人によって違いはあるが、歳をとってくると今までできていたことが徐々にできなくなり、具合の悪いところがあちらこちらにでてくる。診察室で膝が痛い、腰が曲がってきた、重いものが持てなくなった、などの症状を訴えられると、私達医師は、痛みをとる注射や骨を強くする薬を処方することはできる。しかし、たとえ痛みが減ったとしても、自分の生活に満足できなければ不満ばかりが残り、生活が楽しくないと訴えられる方も多い。たとえ、具合の悪いところがあっても、生活の中で自分の役割をもつことができれば、自然と元気がでてくるものだ。例えば、膝が痛くても台車に腰掛けながら草むしりをしているおばあさんの話や、重いものが持てなくても小さな籠に野菜をとりいれるおじいさんの話は、こちらも嬉しくなってくるので、ついつい診察が長くなってしまう。

老いることは悪いことなのか?
よく新聞やテレビでみかける経済の評論家達は、「経済は伸びなければいけない」、「売り上げは伸ばさなければならない」と話している。健康に対しても、このような期待をもっている方もおられるのではないだろうか。しかし、世の中には右肩上がりのものばかりではない。たとえば、人の一生は「生老病死」であらわされるように、生産年齢という一定の時期を過ぎれは、体力や知力は徐々に衰え、場合によっては病をもち、ついには最期を迎える準備をしなければならない時期が来る。よく考えてほしい、人生の「老病死」を迎える場面で、「老い」から目を背け、自分が困っている状況を受け入れられず、その原因は「病気」と決めつけ、それを治そうとたくさんの薬や健康食品などに頼る生活がいかに無意味なことか。
先ほど書いたように、年老いて若い頃と同じように作業ができなくても、家庭や田畑で自分なりにできることは、探せば何なりとあるはずである。私は、外来に来られる患者さんに対して、「私の仕事は病気を治すことだが元気がないのは治せない。だから自分でできることをみつけて元気になりましょう。」と話している。昨年と同じように今年があり、今年と同じように来年を迎えることができること、そのようなことこそが、元気に老いる姿なのではないだろうかと思う。自分自身の身体をよくみつめ、いつもと同じように変わらぬ生活を送ることができること、年齢を重ねてもそのような「安定」した人生を過ごせるような心構えが大切だ。

なんにでも効くクスリ
私は名医と呼ばれるような偉い医者ではないので「すべての病気を治すことはできない」と患者さんには正直に言っている。そんな普通の医者のところにも、毎日たくさんの人達が来てくれる。外来で話すことは、農作業の話やご家族との生活のことが中心で、病気の話は必要なだけにしている。あるおばあさんは、毎年と同じように農作業ができ、いつもと同じように野菜の収穫ができたことをとても嬉しそうに話され、それを聴いている私や看護師も素直に嬉しいと感じた。そして、診察室から出て行かれる時には皆さん笑顔で帰っていかれる。病気の状態を確認するだけでなく、元気を確認することが患者さんにとって一番の薬になっているように感じる。
我々がいつもと同じように人生を送ることができれば「安定」というが、経済においては、いつもと同じであれば「停滞」と言う。患者さん自身が発する「安定している」という言葉の中には、数字では表しきれない日々の充実感が詰まっている。たとえば農業であれば自分達の作った米や野菜を自信をもって他人に勧めることができること、季節に旬の野菜をいただくことは、何事にもかえがたい喜びである。

やはり、お年寄りの診察と農業は似ているような気がする。医療も農業も数字だけの物差しで評価してはいけないと感じるのは、私だけではないはずである。

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当院の在宅医療について

   ここ19年間の実績をまとめました。      死亡診断書枚数   在宅患者さん人数   訪問診療・往診のべ回数 2005年    12           66          492 2006年    17           70          553 2007年...